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    カテゴリ:話題 > 昔の時代



    (出典 www.jalan.net)


    1 ひぃぃ ★ :2020/02/03(月) 02:05:08.43

    教育現場は古くから閉鎖的であったため、世間の常識からはズレたことが"常識"とされることがたまにある。とりわけ、昭和から平成初期の学校では、コンプライアンスや子どもの人権が今ほどうるさく言われなかった。ガールズちゃんねるに1月26日、「昭和生まれが経験しただろう学生時代の地獄」というトピックが立った。

     「先生がチョークとか黒板消し投げたりしてた」
     「理科の教師がでかい三角定規をうるさい男子に投げつけて、関係ない女子に当たって泣かせてた」

    現在ならすぐに「体罰」と見なされ、加害教諭に処分が下りそうなもの。だが、当時は「教育のための愛あるムチ」は許容されたため、生徒に手をあげる教師はもいたようだ。(文:石川祐介)

    ■「給食残せない。昼休みでも授業始まっても食べさせられる」

    当時は、教室で煙草を吸う教諭がいたという証言も。「小学生の頃教室内で担任がタバコ吸ってた地獄」と煙が教室に充満する中、授業を受けたり給食を食べたりしていたという。

     「給食残せない。昼休みでも授業始まっても食べ終わるまで食べさせられる」
     「給食完食させること。今みたいに最初に量を減らすこともできず、少食の私は毎日掃除の時間も食べさせられてた」

    給食の完食を当然とする"完全給食"が一般的であり、食べ切れずに苦しんだという声も散見された。授業が始まってもなお、給食を食べ続けなければいけない光景を異常だと思わず、むしろ"給食を食べきれない駄目な子"とレッテルを貼られていたことを想像すると恐ろしすぎる。

    ■「予防接種の注射針が使いまわし。よく無事だったと思う」

    このほかにも、根性論が蔓延していたために部活や体育で水を飲めず、休憩もまともに取らせてもらえなかった、という声が相次いだ。

     「真夏の部活にろくに休憩もせず帽子もかぶらずやってたこと。トイレで吐いてる子とかざらにいたけど、今思うとそれ熱中症だよね」
     「屋外競技で夏休みも屋外練習なのに、スポーツドリンクをコップ一杯飲めるのは3年生から。1年生はコップ3分の1を2人で半分こ。それを飲めるのが午前1杯と午後1杯のみ」

    上下関係が厳しく低学年では水を飲む回数や量に制限が設けられているケースもあったという。

    夏場に部活動や課外授業の最中に生徒が熱中症を発症した、というニュースは今だとすぐに報じられるが、昔は熱中症という単語やその危険性がまったく認識されていなかったため、適切な対応をされないどころか「根性なし」と叱責されることも珍しくなかった。

    さらには

     「集団予防接種の注射針まわし打ち。私は出席番号がいつも最後だった。よく無事だったと思う」

    と"注射針の使いまわし"という、現在では考えられないことが起きていたようだ。今も学校現場の問題は山積みだ。だが、当時に比べたら少しはマシになっているのだろうか。

    2020年2月2日 8時45分 キャリコネニュース
    https://news.livedoor.com/article/detail/17755292/

    画像

    (出典 image.news.livedoor.com)


    ★1:2020/02/02(日) 19:00:00.13
    https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1580659261/



    いきなり昭和回顧のスレが登場したが、なぜだ?この令和があまりにも酷すぎるから昭和が良かったという意味かな?

    【【昭和回顧禄】昭和生まれが経験した学校の“常識” 「教室で先生が喫煙」「真夏に休憩せずに部活していた」】の続きを読む



    (出典 i.ytimg.com)



    NO.8110810 2020/01/17 16:23
    沢口靖子(54)昔の仕事が衝撃的過ぎると話題に
    沢口靖子(54)昔の仕事が衝撃的過ぎると話題に
    科捜研の女でクールでカッコイイイメージをもった女優の沢口靖子さん。

    美人で正統派、そして知的な印象を持っている人も多いのではないでしょうか。

    54歳になりますが、現在までノースキャンダルで独身を貫いています。

    正統派な女優さんなイメージが強い沢口靖子さんですが、過去の姿が現在とは全く違う印象だとネット上で話題となっています。


    【日時】2020年01月17日 16:15
    【提供】秒刊SUNDAY
    【関連掲示板】


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    (出典 s3-ap-northeast-1.amazonaws.com)



    今の65歳前後の世代でもパソコンはあった。但しwindows3.3でまだ使うには敷居が高かった。その1970年代後半はLotas123といった今のエクセルのようなソフトが主流だった。1980年代に入って早い所でWindows5.5が導入され、LOTAS123の代わりにエクセルが導入された。しかし、立ち上がりが遅く、のんびりしたものだった。
    家に帰ってパソコンに慣れなくてはと思いWindows5.5のパソコンを買ったがメモリーがどのくらいあったかは忘れたが、今買うと1万円もしないようなパソコンが当時50万円だった。

    1 rain ★ :2019/11/04(月) 15:51:13.53

    「パソコンがない時代って、どうやって仕事していたの?」という若い世代の素朴な疑問を投げかけた投稿が話題になっている。 「そりゃあ、手書きで文書を作り、定規で製図をしていたよ」「そろばんはじいて見積書作っていたな」と、アナログ世代は郷愁をそそられている。

    話題になっているのは、2019年10月20日に「はてな匿名ダイアリー」という疑問お答えサイトに載った、次の投稿だ。

    「パソコンがない時代って、どうやって仕事していたの? 自分の仕事はパソコンのない時代にはそもそもないんだけど、他の仕事も含めてどうやって仕事していたのか想像つかない。効率の悪さがすごそう」

    日本にパソコンが普及し始めたのは、1995年にWindows95が発売されてからだ。オフィスの隅々にまで行きわたったのは2000年ごろからといわれる。だから、パソコンをまったく使わないで仕事をしていたのは、40代前半から後半以上の世代ということになる。

    この投稿には、次のようにしみじみ回顧する回答が寄せられた。

    「地方の未知の小都市に出張する時は、昭文社の都道府県地図帳を買って地理を把握して、時刻表で行き方を決めて、図書館で行き先のタウンページを見て適当なビジネスホテルの見当を付けて、電話して宿代確認して予約していましたね」

    今はパソコン画面の操作ですべて済むが、出張の準備一つをとってもいろいろと大変だったのだ。

    パソコンがない時代の仕事ぶりを、具体的に細かく説明する人もいた。

    ・直接取引先に行って用件とかの話を聞く。
    ・そのため移動に費やす時間がやたら多い。
    ・比較的に簡単な用なら電話で取引先と話をする。
    ・昭和末期ごろになると連絡にFAXも使用。
    ・紙の書類に手書きで発注書とか領収書とか会計書とか資料とかを作る。
    ・顧客情報とかは、個人の手帳やメモに記録されるから共有されない。
    ・だから『あの案件、あの顧客は××さんじゃないとわからない』というケースが多い。
    ・メールがないから、連絡→返答→また返答の間隔はすごく時間がかかる。
    ・上司とも取引先とも直接に話すことが多いから、コミュニケーション力が絶大に要求される。
    ・このため、声が大きく、上下関係を重んじる体育会系ばかりが重用される」

    以下ソースで
    https://www.j-cast.com/kaisha/2019/11/04371426.html

    (★1の立った日時 =2019/11/04(月) 11:28:35.98)
    前スレ
    http://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1572846467/


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