菅首相に放送業界の人々が戦々恐々とする訳 - 東洋経済オンライン 菅首相に放送業界の人々が戦々恐々とする訳 東洋経済オンライン (出典:東洋経済オンライン) |
■NHK経営委員会を利用した安倍前首相
NHKとの関係が何かと取り沙汰された安倍政権だったが、その伏線は第1次政権時代にすでに張られていた。2007年、経営委員長に富士フイルムの社長だった古森重隆氏が就任。富士フイルムをフィルム事業から脱皮させて成功した経営手腕をNHKに対して発揮した。古森氏を経営委員会に送り込んだのが安倍前首相だったと言われている。古森氏はNHKの経営計画を差し戻すなど、辣腕を振るった。
この頃までのNHK経営委員は高齢の大学教授が名誉職的に引き受ける、ある意味お飾り的存在も多かった。だが経営委員は衆参両議員の同意の元、総理大臣が任命する役職だ。安倍政権は形式的にすぎなかった任命を文字どおりに解釈し、経営委員選定に関わった。形骸的なシステムをルールどおりに運用したと言える。今回の日本学術会議の件と似ていないだろうか。
決して法的に誤ったことをしたわけではない。ただ、ルールに則れば政権がNHKに対し影響力が持てることを発見した。ちなみにNHKの監督官庁は総務省だが、安倍第1次政権での総務大臣が菅氏だ。
2007年、フジテレビ系列で全国ネットされていた関西テレビ制作の「あるある大事典」が大問題を引き起こした。番組内で紹介した納豆の健康への好影響が、実は科学的根拠がない情報だったのだ。番組は放送打ち切りとなり関西テレビ社長が謝罪したが、事態は重く受け取られ、関西テレビの民放連除名にまで至った。
このときの総務大臣が菅氏だった。総務省は総務大臣名義で行政指導としては最も重い「警告」を行った。そして菅氏は総務大臣として、「今後も放送法違反が見られたら電波停止もありうる」と発言した。
振り返れば2016年、高市早苗氏が総務大臣としてほぼ同じことを発言して議論を巻き起こしたのだが、菅氏のこのときの発言はそこまでの議論にはならなかったように思う。放送業界として反論できる空気ではなかったからだろうか。
高市発言もそうだが、放送法を電波法と併せて解釈すると「総務大臣による放送停波」はありうる。菅氏が首相になったいま大事なのは、彼は法に則って強い発言もする政治家だという点だ。
■総務大臣だった菅氏と「命令放送」
もうひとつ、2006年に菅氏が総務大臣だったときに起こった放送界との事件がある。「命令放送」についてだ。この名称がすでに物騒だが、NHKは政府の命令を受けて放送することがある、というもので、具体的にはNHKが短波ラジオ放送で行う国際放送についての話だ。
2006年時点の放送法には33条で「総務大臣はNHKに対し必要な事項を指定して国際放送を行うことを命じることができる」とされていた。政府による国際社会への日本のアピールにNHKが協力するものだ。その費用は国が持ち、それまでは「時事」「国の重要な政策」「国際問題に関する政府の見解」の3つの大枠を「命令」されるだけで、具体的な内容はNHKの自主性に任されていた。
2006年、菅氏は総務大臣として「北朝鮮による日本人拉致問題にとくに留意する」ようNHKに対し「命令」した。これに対し、新聞社やメディア研究者が強い反応を示した。「命令放送」であってもNHKの自主性が尊重されるべきであり、表現の自由が損なわれてはならない、というものだった。
警戒する民放、恐れおののくNHK
民放側はこれまでの菅氏の放送業界への言動をもちろん覚えている。当然ながら警戒しているようだ。放送法などのルールを熟知し、それに則って強い態度に出ることもある。場合によっては「停波」を口にもする。そんなコワモテの政治家であることが民放にどう影響するか、戦々恐々のようだ。
とくに電波行政、民放が数十年間安い水準を認められてきた電波料を見直されたらたまったものではないだろう。民放はコロナ前から広告収入が激減しており、立て直しに躍起になっている最中だから、電波料が上がったらさらに打撃になる。ましてや電波オークションの話が出てきたら大汗かいて必死で止めることだろう。
https://news.yahoo.co.jp/articles/d9c04ace92599b29f6ce207c967c10267262b9d9?page=1